クリスマス・イブに、渋谷のCozmo's Cafeという店でSilent Nightを(一応、どうにか)歌った。
Cozmo'sはオーナーがアメリカ人で、客層も半分ぐらいは外国人が占めるという店なので、曲の後にちょっと英語でこんなコメントを入れてみました。
「クリスマスと新年のシーズンにもかかわらず、(母国に帰らずに)日本にいてくれて嬉しい。あなた達がいなければ、この国はとてもホモジーニアスな国なので。」
すると、最初は一人から遠慮がちに、やがて全体から明るい笑い声の反応が来たので、あぁ一応みんなもそう感じてるのかなと思った。多分間違いではないと思う。
「ホモジーニアス」は「単一の」とか「同種の」といった意味なので、上のコメントはつまり「日本は同種族的な国です」と言っています。
かつて石原慎太郎が「日本は単一民族の国」と言ってアイヌ民族、琉球民族、在日朝鮮人などのコミュニティから怒りを買ったことがありましたが、この手の発言は文脈に気を付けないととんでもないことになる。
僕の言ったことも際どいけど、「白人や黒人やヒスパニックが、残念なことにこの国には殆どいませんよ、アメリカやイギリスに比べればね。」という意味です。
日本はもっと民族的に多様な国なるといいですね。少子化の問題なんかもそれで解決に向かったりするんじゃないか。アメリカは少子化を免れているけど、それはヒスパニック系の移民が貧しいながらどんどん子作りをしているというのが大きいと言いますよね。ちなみにイギリスはかつてジャマイカやアフリカから移民を受け入れて不況を脱したんでした。
(これを言うと、「そんな議論より君自身さっさと結婚して子供を作ればいいのでは?」と批判も飛んできそうだけど、まぁその点はご免頂くとして。)
日本は、移民や亡命の際の入国審査が厳しいと言われます。しかもその「厳しい」というのが、どの国の人に対しても公平に厳しいのならともかく、欧米人には優しく、中東やアフリカや東南アジアからの人にはやたら厳しい。
つまりそれって、貧しいやつは来るなと言ってる訳ですよね?まぁどこの国もある程度はそんなものなのでしょうが、日本はちょっと極端かも知れません。
それで、何でそうなるのかと考える時、つまりそれは貧しい国からの移民を上手に「使えない」からではないかと。「使う」と言ったら失礼なんですけど、例えば雇用の場において、ですね。
欧米のような裕福なところからの人達は、企業を起ち上げてくれたり、株式を買ってくれたりと、放っておいても我々も富めるようなことをやってくれる。
一方で、そうでない所からの人達は、例えばキッチンの仕事についたり、ウェイトレスをしたり、という事になる訳で、そうすると仕事の内容を教えてあげる上で「(1)相手が日本語を話せる」か「(2)双方が何らかの国際的な言語を話せる」かという前提条件が必要になりますよね。(part 2に続く)